読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

YESかNOか半分か

元ニートが、再びニートになって何かいろいろ書いてます

YESかNOか半分か

人の死に目に会わないという幸せ

大切な人がこの世を去る時、貴方は何を思う?


この先は私個人の思想についてなので、賛否両論はあるかと思います。

 

『ん?』と思われる方はスルーして下さいな。

 

 

 

 

貴方の家族、恋人、親友、etc...

 

 

そして貴方自身。

 

 

 

人の命とは時に儚く、

 

その息吹を終息へと向かわせる、

 

 

それが、 死  というもの。

 

 

 

 

幼稚園や小学生の頃

 

 

『○○のお祖父ちゃんは天国に行っちゃったんだよ』

 

『○○のおばあちゃんは○○が生まれる前に死んじゃったの』

 

 

そんな同級生達がいる中で、

 

私の祖父母は父方、母方共に健在だった。

 

 

人の命はいつかは尽きてしまうものだけれども、

 

私にはまだ無縁の話だろう。

 

そう思って育った幼少期。

 

 

 

しかし、私が成長するにつれ

 

『親族の死』

 

というものが現実味を帯びてくる。

 

 

 

私が中学生の頃だっただろうか。

 

 

母方の祖父が糖尿病と診断された。

 

甘いものが好きで、和菓子からケーキなどの洋菓子も好んだ祖父にとってはさぞかし悲しい宣告だっただろう。

 

 

好きな物を好きなだけ食べれなくなった。

 

少しでも病気の症状を軽くしようと、三姉妹の次女だった母は祖母と食事療法の本を買い込み改善を行った。

 

祖父にとっては苦痛だった食事療法だが、少しは効果があったようで母達は嬉しそうだった。

 

 

こう客観的にしか書けないのは、私はその頃単身で海外に住んでいたので、年に一回しか日本に帰国しなかったからだ。

 

私が海外に住み始めて暫くして、祖父はパーキンソン病という病を発症した。

 

最近は頻繁に聞く病名なのでググって頂ければ詳細はすぐ見つかると思う。

 

治療法が未確立な病だ。

 

筋肉が硬直してくるので歩き方も危なっかしく、よく躓くようになり転けて怪我をする事がしばしばあった。

 

祖母と母が1番恐れていたのは躓き転けて骨折などの大怪我をしてしまう事だった。

 

 

二人の心配を余所に病は少しずつ祖父の身体を蝕んでいった。

 

 

 

 

年末になり日本に帰国した時が、私にとって非常に衝撃的だった。

 

 

 

一年前に目にした人物とはまるで別人の姿になった祖父を目にした時

 

一瞬、心臓が止まった気がした。

 

 

それを祖父に察知されないように

 

表では笑顔を取り繕いながら

私の内側は

 

『老い』

 

と対面したショックに打ちひしがれていた。

 

 

 

独りでは満足に歩けず痩せた祖父の姿は

 

私が記憶していた祖父の物とは全く違うものになってしまっていた。

 

 

ああ、これが『老い』なのだと。

 

これが『生きる』果てに待っているものなのかと。

 

 

実家に帰ってから、自室で私は涙を流した。

 

 

 

 

そんな祖父の姿を目にしてから十ヶ月程経った頃

 

 

その日、私は夕方からアルバイトだったので昼間は自室で暇を持て余していた。

 

 

ふと、何を思ったかいつもはあまりチェックしないメールを開いた。

 

 

親不孝と仰るかたも居るかもしれないが、

私は必要時以外は家族に連絡せず、また、連絡も返さないような子どもでした。

 

 

大量のメールマガジンや迷惑メールの上

 

最新のメール欄には母親と父親からのメールが5,6件ほど届いていた。

 

Title: お葬式

 

Title: お祖父ちゃんが亡くなりました

 

Title: 日本に帰ってこれる?

 

Title: 連絡下さい。

 

Title: お祖父ちゃんが危篤です。

 

 

下の方は二日ほど前のもので

 

お葬式に関するメールはその日に届いていた。

 

 

泣きながらメールを開封すると

 

お葬式の日付は今日だという事が分かった。

 

 

流石に飛行機に飛び乗ったとしても間に合う訳が無い。

 

 

 

私は急いで母親に電話した。

 

私は電話して日本にFAXを送るからそれを一緒にお棺に入れて欲しいと。

 

 

私は泣きながらペンを握り、祖父への思いをひたすら書いた。

 

 

紙にはこぼれ落ちた泪で滲んでしまった文字もあった。

 

泣いては書き、泣いては書き

 

 

お葬式が始まる時間ギリギリで、葬式場にFAXをした。

 

 

そして私は泣いた。

 

 

 

暫くしてアルバイトに行かなくてはいけない時間になった。

 

泣き腫らした目の上から化粧をして、いつも通り出勤した。

 

いつも通り勤務した。

 

 

仲間には少し元気無いんじゃない?と聞かれたが、何でも無いよと答えた。

 

 

 

自宅に戻り、母に電話をした。

 

残念ながら祖父に宛てたFAXは届いていなかった。

 

母はいかに祖父のお葬式が厳かにとり行われ、沢山の弔問客や葬式場について話した。

 

 

そして、

 

お祖父ちゃんは眠る様に綺麗なお顔をしてたわよ

 

と私に告げた。

 

 

 

 

私は少しホッとした。

 

私の家族や兄弟は亡くなった祖父の姿を目の当たりにした。

 

けれども、私は

 

少なくとも、私の中の祖父の記憶は

 

昔のままの少し小太りで

 

 

ガタイも良く

 

いつも軽トラックで畑や田んぼに行き土いじりをしていた

 

 

健康な祖父の姿のままなのだ。

 

学校から帰ってきた私と

 

花札や将棋に興じ、

 

 

2人で自転車に乗り図書館へ向かった

 

あの祖父のままなのだ。

 

 

私の記憶の大半は祖父との幸せな記憶なのだ。

 

 

私は祖父の最期を目撃せず、心底自分は良かったと思う。

 

 

 

 

貴方はもしかしたら私の事を死を受け入れられない、弱い人だと思うかもしれない。

 

 

私は死を受け入れないのでは無く、

 

 

ただ、故人の記憶をその人の最期で上塗りしたくないのです。

 

 

 

 

未だに私は人様の死に顔を見た事がありません。

 

 

目にしたことにより自分自身がどうなるのかも全く想像がつきません。

 

 

私はただ、怖いのかもしれません

 

それを目撃してしまうという事が。

 

 

 

しかし、それでも私は幸せだ。