YESかNOか半分か

元ニートが、再びニートになったりならなかったり。

YESかNOか半分か

桃源郷から舞い戻った次第であります。

{これがホントの”飛んで火に入る夏の虫”ってか。}

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田舎での生活を堪能し、私の「現実逃避行もどき」は終わりを迎えた。

トンネルを抜けて、周りに広がる高層ビルやマンション、山手まで果てしなく広がる住宅地を見た時、今まで自分が居た世界が全くの別物なんじゃないかって思ってしまったぐらい。
本当に「天と地」の差ほどの違いだ。
浦島太郎の気持ちがちょっと分かる気がする。



別れのとき

田舎という名の桃源郷を去るとき、祖父が駅まで車で送ってくれた。
今年で79歳になるのにバリバリ運転をこなしているので、いつ事故を起こしてしまうかと不安ではある。祖父は、もう駄目だと思ったら運転を辞めると言っているので無理はしないでねと伝えておいた。心の底から。

もう電車が来るから、とホームに向かおうとする私と弟の腕をガッシリと掴んで「元気でな。また正月会おう。」と少し俯き加減に笑みを浮かべながら祖父は言った。
そんな祖父を見ていると何だか熱いものが瞼裏に込み上げてきた。必死で泪を流さないようにと瞼に力を入れて、赤くなったであろう目頭をホームへと向けて私は祖父に「またね。ありがとう。」と別れを告げた。


どういうわけか私は幼い頃から田舎の祖父母と別れる時に泣いてしまう癖がある。1番記憶に残っているのは今回と同じ様に電車で来た小学4年生の冬。ホームから改札の付近に立つ祖父母を見つめながら、大声をあげて泪を零していた。その日は吹雪いていて寒かったのを覚えている。

べつに一生の別れというわけでもない。何回か病気はしたりして薬を飲んでいる2人だけれど、命の危険にさらされているわけでもない。けれども、その年齢と私達が物理的に離れている距離とを考えると、何だか不安になってしまうのだ。

「今度は正月に」とは言ったけど、それまで今日と何も変わらないなんて保証はどこにも無い。私は毎回祖父母にお別れを言う際には、ただただ元気な2人に次も会えるようにと願っている。本当にそれだけが私の1番の願い。きっとその思いが強過ぎて、涙となってでてきてしまうのだろう。

今もこのブログを書きながら、自室で涙を流している。
きっと私のような人間を世間一般では「おじいちゃん子・おばあちゃん子」と呼ぶのだろう。


おじいちゃん、おばあちゃん。これからも元気でいてください。



祖父母からの手紙

祖父母からの手紙