YESかNOか半分か

元ニートが、再びニートになったりならなかったり。

YESかNOか半分か

夏目漱石の「こゝろ」がBL小説に脳内変換されてしまう

秋の夜長は読書とブログもいいけれど、秋晴れの空の下で読書とブログもいいものです。


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最近は毎朝、愛犬のゴールデンレトリバーのお散歩に出かけている。

今日は雲ひとつない秋晴れの空で、とても綺麗だったので写真を撮ってみた。

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あまりにも空が青すぎて、空の写真だけ撮ったら、画用紙に絵の具を流したみたいな写真になった。

これだけ見ても何の写真?ってなりそうだったので、あえて一枚目の写真には電柱も入れてみました。

こんな日は公園で読書とかしたら気持ちいいだろうなー。

髪の毛も髪色戻しをして、ダークブラウンになったから、「ギャルが夏目漱石読んでるよ。プププ」なんて思われずに済みそうです。

目指せ、インテリ風女子。

本を欲する時

幼い頃に読んだグリム童話イソップ物語・母を訪ねて三千里に始まり、
小学生になるとシートン動物記にハマった私。

かの有名なハリー・ポッターシリーズに心を奪われていた頃は、食事をしたり寝る間を惜しんで、ただ読書をすることに没頭していた。
そんな自分が少し懐かしい。


仕事をしていた時は、時たま本をとてつもなく読みたくなる衝動に駆られる事があって、そんな時は図書館に駆け込んで気になる本を借りまくって、一気に読んでいた。

まるで空腹の体内に、活字を取り込んでいくみたいに。本を読んだ後は、とても満ち足りていた。

今ではたまーに気が向いたら本屋に足を運び、ちょこっと本を買う程度。

ニートだから本を読む時間は沢山あるというのに、時間がある時ほど本を欲しない私ってなんだか矛盾してる気がする。




初めての夏目漱石

「発見!角川文庫2013」の策略にまんまと嵌まってしまった。 - 23、♀、NEET脱出(予定)「発見!角川文庫2013」の策略にまんまと嵌まってしまった。 - 23、♀、NEET脱出(予定)

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上の記事で紹介した小説の中の一つ「こゝろ

こゝろ (角川文庫)

こゝろ (角川文庫)

『こゝろ』(こころ)とは、夏目漱石の代表作となる長編小説。友情と恋愛の板ばさみになりながらも結局は友人より、恋人を取ったために罪悪感に苛まれた「先生」からの遺書を通して、明治高等遊民の利己を書く。

教習所に行く時のお供として持って行って、気が向いた時に読んでいた一冊。
いつもだったら1日で読める厚さの本だけれど、珍しくまだ半分くらいのスローペース。


実は、夏目漱石の書いた本を読むのは生まれて初めてだったりする。
坊っちゃん」や「吾輩は猫である」といった名作も読んだ事が無い。
全て素通りしていた。 ただ単に興味が無かっただけなんだけれど。


何故そんな私が「こゝろ」を読もうと思ったのか。

それは書店で見かけた本の帯がキッカケだった。

しかし君、恋は罪悪ですよ。わかっていますか


この「」というワードを見た瞬間に、私の心は揺さぶられた。

あの夏目漱石が恋愛小説を書いていたのか!?

勝手に

こゝろ」= 恋愛小説

という式を作り上げた。
私が初めて夏目漱石の本に興味を持った瞬間だ。


ちなみに本の内容なんてちっとも知らない私。
裏側に書いてあった

「自分は寂しい人間だ」「恋は罪悪だ」。
断片的な言葉の羅列に戸惑いながらも、奇妙な友情で結ばれている「先生」と私。
ある日、先生から私に遺書が届いた。
「あなただけに私の過去を書きたいのです…」。
遺書で初めて明かされる先生の過去とは?

この文章を読んで勝手に話の内容を
女学生と先生の恋の話
だろうと踏んで、

夏目漱石がそんな女子ウケしそうな恋愛小説を書いていたなんて知らなかったぞ。

と私の大好物である
先生と生徒の恋
という題材を扱っている事に嬉々とした。


まあ、後々それは私の早とちりだったということに気付くのですが…。本当に勘違いもはなはだしい。





無知の境地

教習所での生活が始まり数日経った頃、私は本を持って来ていた事を思い出した。

先生と生徒」が織りなす淡い恋物語を期待してページを開いた私。

しかし、数ページ読んだ所で思考回路がストップした。

主人公が女学生じゃない…だと…?

どれだけ読み進めても、「」という一人称は男性を指しているということで間違いなかった。

ということで、

先生」と「」≠ 男女の恋物語

このような私の期待を裏切る式が生まれてしまった。

そもそも私の勘違いが原因だったので、夏目漱石は最初から男女の恋物語を描こうなどとは毛頭にも思っていなかったのだ。


期待していた男女の恋物語は描かれてはいないものの、初めて読んだ夏目漱石の文章は非常に美しかった


綺麗な日本語で、スーッと美味しく飲み込める活字。喉元でつっかえる事がない。

彼の執筆した日本語の美しさや、文章の素直さを肌で感じれるというのは、日本語で読める私たち日本人の特権なのではないかと思う。

逆に言うと、ドフトエフスキーが描く世界はロシア語を巧みに操るロシア人たちの方が日本語訳でしか読むことの出来ない私達よりも、感受するものは多いのではないだろうか。

「こゝろ」を読みながら、何故もっと早く彼の本を読まなかったのだろうかと悔やんだ自分がいた。




名作の中に潜む BL的要素

そんな美しい夏目漱石が書いた文章を読み進めていく内に私の心の中に一つの疑問が芽生えた。

これは、日本を代表する文豪が書いたBL小説ではないのか?

ネットで検索をしてみると、私と同じ事を思う人もいれば、真っ向に「違う」と述べる人もいる。


この本の性質自体を疑う事になるような思考なのだけれど、未だ私の中での結論が出せずにいる

なんといっても、私はこの本の122ページまでしか読んでいない。読みかけの状態。

122ページまでを読んだ私の率直な感想としては、

これは夏目漱石が書いたBL的要素が盛り込んである小説

これに尽きる。




恋愛経験がゼロの書生である主人公は、鎌倉の海で「先生」と出会う。

先生」には奥さんがいるが、そんな「先生」に憧れる主人公は頻繁に彼の自宅を訪れるようになる。


文中で「先生」と「」のこんなやり取りがある

恋に上る階段なんです。異性と抱き合う順序として、まず同性の私の所へ動いて来たのです

「私には二つのものがまったす性質を異にしているように思われます」

いや同じです。私は男としてどうしてもあなたに満足を与えられないにんげんなのです。それから、ある特別の事情があって、なおさらあなたに満足を与えられないでいるのです。
私はじっさいお気の毒に思っています。あなたが私からよそへ動いて行くのはしかたがない。私はむしろそれを希望しているのです。しかし…

私が気になったこのやり取りは、新婚であろう夫婦を見かけた2人の会話だ。太字が「先生」でもう一つが「書生」の発言。


この会話からは「恋をしたことがない」という青年と、その青年の中に潜む彼ですら気づいていないであろう、自分に向けられた「恋心」を感じ取りながらも、それとどう向き合うべきか葛藤している「先生」の気持ちが伝わってきた。

青年の純粋さと、過去に色々と経験した先生。
この両者の特性全面的に出ている会話だと思う。


ジャンルに問わず恋愛物が好きで、若干、脳内が腐ってる女子の私としては、勝手に「書生」と「先生」の切ない同性愛ストーリーに脳内変換して読書を楽しんでるわけです。


今、私が読んでいる部分はこの本の中の起承転結の「」の終わり付近で「」の始まりだと思うので、
これからのストーリー展開によっては「BL的要素」そのものが覆されるような展開が待っているかもしれません。

最後まで他の方の感想やネタバレも見ずに私なりに「こゝろ」を楽しもうと思います。



漱石の思い出 (文春文庫)

漱石の思い出 (文春文庫)