YESかNOか半分か

元ニートが、再びニートになったりならなかったり。

YESかNOか半分か

人を「おくる」ということ

昨日は、粒子と反粒子、命の誕生と終わり - 24、♀、NEET脱出(予定)で書いていた義理の伯父さんのお葬式でした。
本当に身内の中の身内だけでのお葬式で、伯父さん側の親類はお兄さんと妹さんだけだった。後で母から聞いた話によると、「伯父さんの意向」でお兄さんのお子さんとかには伯父さんが亡くなった事を伝えないようにってなっていたらしい。けれど、その言葉の真意を私は知ろうとは思わなかった。


伯父さんのお葬式が私にとっては初めて参列するお葬式。当日の朝、出かける準備をしながら色々な事を考えた。
奥さんである伯母さんには、どういう言葉を掛けたらいいんだろう?ほぼほぼ初対面である伯父さんの親類側の人には、どう言葉を掛けるべきなんだろう?
亡くなった人のお顔を拝見するのは初めてだから、どういうリアクションを自分が起こすんだろう?とか。
色々考えたりしたけれど、結局答えが分からないままに私は家を出た。



斎場に到着して、伯父さんの葬儀が行われる部屋に入ると、伯父さんのお兄さんと妹さんが既にいらっしゃったので挨拶をした。結局、気のきいた言葉を掛けることは出来なかった。
母に、「伯父さんにお線香をあげてあげて頂戴。」と言われたので、お線香をあげに伯父さんの亡骸がある祭壇の方へ向かった。
手前でお線香をあげていると、葬儀場の人に「どうぞ、お顔を見てあげて下さい。」と言われたので、伯父さんのお顔を拝見させてもらうことにした。
どんなお顔をしているのだろうと、少し怖くなったけれど、その気持ちに間髪を入れずに係の人がお顔の部分を開いたので伯父さんの顔が目に入った。


伯父さんの姿を見て思った。ああ、人は亡くなったらこういう風になるんだなあ。と。伯父さんの肌はとても白くて、琥珀色をしていた。とても痩せて、窪んだ眼が印象的で、それが伯父さんの堀の深さを一層に際立たせていた。
骨格がとてもハッキリしていて、伯父さんの亡骸は「ほとけさん」というよりかは、「聖人」という言葉が似合うと私は思った。別に伯父さんはキリスト教徒でもないし偉大な信者とかでもないけれど、「聖なる人」っていう言葉がとても合うと思った。





それと同時に、痩せ細ってしまった伯父さんの姿と、まだ元気だった頃に撮影された遺影を見比べて悲しさのあまりか、私の目からは涙がポロポロとこぼれ落ちた。
前日のお通夜や、伯父さんが亡くなった日に病室に駆け付けた面々はそこで涙を枯らしてしまったのだろうか、その場で私だけがポロポロと涙を流していた。
しゃっくりをあげて泣くまでには至らなかったけれど、イスに座ってからも、私はポロポロ涙を流し続けた。こぼれる涙をハンカチで押さえながら、「私がこんなに泣いているのはオカシイ。」「本当に悲しくて、泣きたいのは伯母さんや伯父さんの兄妹の筈なのに」「私1人が泣いていて恥ずかしい」。そう思って涙を止めようと思ったけれど、止まらなかった。


旦那さんが亡くなった伯母さんの心境を考え出したり、色々と考えて想像しだしたものだから、余計に涙が止まらなくなった。色々な気持ちが私の中に芽生えて、消えて、その度に涙をポロポロと流した。
私が俯きながら涙を抑えていると、左の視界の足元に父の靴が目に入った。私の左横に立って何かを言いたげに、でも何と私に声を掛ければいいのか分からなさそうにしている父がその足元から想像できた。暫らくして、父は前の席へと戻っていった。私も、父に声を掛けられたとて何と答えればいいのか分からなかったから、父のその対応には助かった。




それから葬儀が始まり、止めどなく流れ出ていた涙もようやく枯れ始めて、私の気持ちも落ち着いてきた。
出棺前、最後に伯父さんのお顔を見る事とができるその時に、皆で伯父さんが愛飲していたという焼酎を伯父さんの亡骸にかけてあげた。「五代」という麦焼酎で、アサヒビールばっかり飲んでいた伯父さんが焼酎好きだったのは知らなかったから、2本もの「五代」を買ってきていた伯母さんにビックリした。


一本分をかけ終えて、「じゃあ出棺へ…」となった時に、伯母さんが「え?あともう1本は?」と言って葬儀場の人が「え?あともう一本もかけられますか?」と問うと、
「ええ、勿論です。」
と伯母さんが言った瞬間に、皆が笑った。
その日初めて、皆が笑った瞬間。伯父さんの兄妹も、私たちも笑って、場の雰囲気が一気に和やかになった。伯父さんが愛飲していた「五代」がパワーを発揮したなと思った。



火葬場へ伯父さんを送り終えた後、斎場の人に「では、皆様これからお食事処へ案内いたします。」と言われて、げんなりした。今、食事なんてしたい気分じゃないのにって。
調べてみたら、「精進落とし」といってお葬式の流れのプロセスの一環として当たり前のことみたいだけど、私はビール飲んだり、懐石料理を食べるのはお葬式をした後にする事として相応しいのかと疑問に思った。
それに加えて、祖母とか母の妹家族が、空気読めない内輪話を好むから、伯父さんの兄妹が居づらいんじゃないかとも思った。



斎場からお食事処に移動している時に、伯父さんの妹さんが話しかけてきて下さって、2人で色々とお話をしながら向かった。最初は、私が伯母さんのどっちの妹の子供だ?って話から始まり、私が小学生だった時の伯父さんと伯母さんの結婚式の話とか、伯父さんに買ってもらった地球儀を今でもたまーに眺めてるとか、そんな話。「結婚式のことも覚えてるの!?」なんて妹さんも、嬉しそうに笑いながら話を聞いてくれた。


お食事処で私は伯父さんの妹さんの真向かいに、お兄さんの斜め向かいに座った。案の定、横の隅らへんに座っていた祖母と母の妹家族はつまらない内輪話を始めたから、座った場所は正解だった。
ほとんど初対面だったけれど、伯父さんのお兄さんと妹さんとのお話は凄く楽しかった。


妹さんが、「亡くなった兄さんが、気に入りそうなタイプの子だわー」って伯父さんが私の事を可愛がってくれてたのを納得してたり、「最近の若い子って、案外見かけによらず親切な子が多いよね」って話で盛り上がった。
妹さんが若いお兄さんに道を尋ねたんだけど、その人が耳にイヤホンをしていたから「やっぱりいいわ。」って素振りをしたんだって。そしたら、おにーさんがわざわざイヤホンを外して、道を親切に教えてくれたっていう、なんともいいお話を聞いた。
私も道とかを聞かれる事が多くて、この前も電車に乗った事が無いようなお上品なおばあちゃんに電車の方向を聞かれましたーって言ったら、「だって、貴方聞き易そうなお顔してるものー」って笑われた。一体他人から見たらどんな顔してるんだろ、私。アンパンマンとかピカチューみたいに親しみが湧く顔してるのかな?


伯父さんのお兄さんは魚釣りが大好きみたいで、釣りの話とか、近大が行っているマグロの養殖の話で盛り上がった。お兄さんは海のある町で生まれ育ったから、もし自分が死んだら「海に散骨してくれ」って周りに言ってもう決めているらしい。
「俺は海が好きだから。海の底で安らかに過ごしたい。」
お兄さんはもう70代後半だから、いつ死んでもいいように、そういう風に思ってるんだって。

妹さんの、「60代に入ったら、生きてるのなんてオマケみたいなものよ。毎日、生きれてることに感謝だわ。」という言葉も印象的だった。
生きるという考えや、死に対する考え方も、人それぞれで興味深い。
私が死んだら、第二の故郷の国に土葬してもらって骨を埋めたい。



お食事が終わりの時間になって気付いたのは、最初はもやもやしていた気持ちが、透過されて澄みきった気持ちになたってこと。
この「精進落とし」というお食事をするという行為も含めて、お葬式に関する全ての行為1つ1つが伯父さんを送りだすための行為なんだなあと思った。
今までは、お葬式って「暗くて皆が悲しんで故人を偲ぶもの」というイメージしか無かった。
けれど始めて伯父さんの葬儀に参列して、そのイメージは覆った。


故人を偲びつつも、皆が笑顔になれる瞬間があった。伯父さんのお葬式は、とてもいいお葬式でした。