YESかNOか半分か

元ニートが、再びニートになったりならなかったり。

YESかNOか半分か

親になるなら、中学生レベルの勉強を子供に教えられる親になりたい。

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私の母は教育ママだった。父も同じく、母ほどでは無いけれども、小学生の頃から私の成績によく口出しをしていた。
教育熱心な親というのは、その親自身が高学歴だからこそ、自分の子供にもそうあって欲しいと願う者と、
親自身が“そこそこ”の学歴だからこそ、子供にはそれなりの学歴を持って欲しいと願う親の2つに分けられると私は考えている。


私の両親はというと、母は女短大卒の元保育士、父は田舎育ちの高卒サラリーマンという構図。お世辞にも“高学歴”とは言い難い両者が、何故そこまで教育熱心な親になったのだろうか?
その原因となるものは「学歴コンプレックス」なのかもしれないと私は推測する。その根拠はというと、今年のお盆に父の田舎へ弟と二人で帰省した際に祖父母から聞いた父の幼い頃の話がきっかけだった。
父は幼い頃から真面目で勉強熱心だったが、実家が農家で大学に行くお金が無い為に高校を卒業するとすぐに就職した。
「あいつは口にはしなかったけれど、心の中では大学に行きたいと思っていたはずだよ…」そう申し訳なさそうに話す祖父母の姿を見ていると、いたたまれない気持ちになった。父が私の成績にこだわっていた理由の謎が少し解けたような気がしたけれども、父の学歴コンプレックスの反動ともとれる行為の影響を少なからずとも受けた私はどう処理すればいいのだろう。



単純に周りが褒めてくれるからと、行く理由も知らず幼児教室に通い、試験だという認識がままならないままに、私は小学校の“お受験”をしていたのだ。
小学校受験とWikipediaで検索すると、

「教育理念がしっかりしている」「質の高い教育と教員が期待できる」「カリキュラムの充実」「設備の充実」等を理由にバブル経済期の1980年代以降、小学校受験ブームが到来した。
小学校受験 - Wikipedia

と記してあるので、そのブームとやらに乗ったというのも、また理由の一つなのかもしれない。


しかしながら、彼らの「教育熱」というものは、私に教育を施すというものでもなく、ただひたすら「宿題はやったのか?」「何故こんな点数しかとれない?」「塾に行かせてるのに遊んでいるのか?」などと、私を責め立てる言葉を投げかけるだけだった。「先生に聞く」か「塾で勉強する」の2択しか私は選ぶ事ができなかった。
成績は上がらず、劣等感ばかりが募り、そして思春期も重なってか、私はグレた。両親の元から離れる決意をし、離れてみると不思議なことに勉強の意欲が湧いてきて、成績もうなぎのぼりになった。
自分の親を批判するような内容を書いているけれど、両親のお陰で留学することが出来たのは事実であり、私がグレて以来は全くと言っていいほど成績云々には口出しをしなくなったので、それには多大に感謝している。


けれど、実際問題として子供がグレてしまってからでは遅い。「親の教育詰め込みパック」を子供に押しつけているような「教育パパ&ママ」の行く末を想像すると、子供がおかしな方向に進まなければいいがと不安に思う。


なぜ私がこんなことを書いているのかというと、中学生の弟:タッちゃんが、今まさに両親からの「教育熱」を当てられている当事者だからだ。
タッちゃんは、小中と公立の学校に通っていて、校外で野球もしている。週に遊べる自由な日も2日ほどに限られている多忙な生活を送っている。そんな中、「テストの点数が悪い!」「このままだと塾に行かせるぞ!」と長年燻ぶっていた両親の「教育熱」なるものが再燃してしまったらしい。
勉強をしないタッちゃんもどうかと思うが、「テストの点が悪い」「塾に行け」と一方的に悪点を言い渡され命令されても、それをどうやって改善すれば良いのかという中身の無い指摘というものは、思春期を迎えた子供には、“刺激”が多すぎやしないかと思う。


勉強を教えてくれる学校の先生から成績に関して言及されると、ボディーブローをくらった気分になるから効果的だろう。が、しかし教師の代わりに、勉強も教えてくれない口先ばかりの大人にそんな事を言われると、どんな気分になるのだろう?
繊細なハートを持つ子供が、綺麗に包装されているだけの中身の無い空箱が飛んできたと気付いたら、すぐさまアッパーを食らわしたくなる衝動に駆られるのではないだろうか。


では逆に子供の方から「教えてくれ」と懇願するのはどうだろうか?私の両親の結果としては、「お姉ちゃんの方が分かっているから、お姉ちゃんに教えてもらいなさい。」と私に丸投げ状態。弟もそれを重々承知しているから、両親に勉強を教えてくれと頼んでいるところを見た事が無い。

両親は弟に「勉強とスポーツが両立できる子」になって欲しいと言っているが、弟自信がそうなることを求めていないのだから、なれるわけが無い。「子供が親の言う事を聞く」というのは、子供が親を自分よりも上の存在だと認識しているから成立する構図であって、「勉強をしろ」と諭す親自身が我が子に勉強を教えられないのならば、全くもって意味がない。

自分がこの先の人生で子供を産むのなら、自身の両親を反面教師として、せめても思春期を迎える重要な時期の中学生レベルの学習内容くらいは、子供に教えてあげれられるような親になりたいと思うのです。


反面教師―人のフリ見て我がフリ直せ

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