読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

YESかNOか半分か

元ニートが、再びニートになって何かいろいろ書いてます

YESかNOか半分か

私は何も続けられない人でした。-しかしブログを約半年間続けている

読書や運動、日記などなど、何かを継続して行うというのが私は苦手だ。

「ピアノを20数年間続けています。」
と相手に言われると、

「えー…私は24年間生き続けています。ハイ。」
なんて屁理屈を言いたくなるくらいに何も自慢できることなんてない。と、今まで思っていたのだけれど実はそうでもないかもしれないと本日、思い始めた。

http://www.flickr.com/photos/44124466731@N01/27686857
photo by purplejavatroll


これまでに私が「継続すること」に失敗してきた事例をいくつか紹介する。

ピアノ

幼稚園児の時から始めるも、全くセンスが無く右手のみでしか弾けないまま挫折。

水泳

小学生の時から夏季と冬季に毎年通っていたものの、バタフライを取得する前に自然と行かなくなった。

読書

読みたい本がある時だけ読む。小学生の時は週1で読むのが義務化されていたけれど、それから解放されると殆ど不定期な習慣に。

日記

小学生の時に「マイブック」が流行っていたのがキッカケで、それから数年間購入したのだけれど、毎年初めの数ページしか使用していなかった。勿体無いと反省。

マイブック: 2014年の記録 (新潮文庫 ん 70-16)

マイブック: 2014年の記録 (新潮文庫 ん 70-16)

仕事

大体2年働いていると飽きが来るのか*1、違う場所で猛烈に働きたくなる。

などなど、私には書ききれない程の「継続失敗履歴」が存在している。

何をやっても続かないなんて事は無い。

「何をやっても続かない。」

「自分には継続力が無い。」
と悲観する人は少なくはない筈だ。私自身そうだった。

このブログだって、始めた頃は「いつかは飽きて放置しまうんだろうなー」と思っていた。だって、それがいつもの私。

携帯のブログに始まり、ヤプログ!Jugem、アメブロ、FC2、Livedoorなどなど様々なブログサービスを使ってみた事もあるけれど、ほとんど1ヵ月程度利用して辞めてしまった。

けれども、この「はてなブログ」では、なんだかんだで書かない時もあるけれど、いつの間にか今回のエントリーで100記事になった。何故か例に漏れて、継続している。

「どうして私は、はてなブログを続けているのだろう?」

と不思議に思った。

しかしながら、よくよく考えてみると、他にも私が自然と「継続」して行っている事例がある事に気が付いた。


いくつかのエントリーで触れているのだけれど、私は学生時代に4年間ほど海外に住んでいた事があり、自分で言うのもなんだけど生活するには困らない程度の英語を話すことができる。


海外に渡っていきなり喋れるようになったわけではないけれど、自分のバックグラウンドとして、幼少の頃から英語を勉強させてもらえる機会があり、自分もそれを好き好んで行っていたから、予備知識というものは蓄えていたとは思う。
でもやはり、日本で勉強しただけの英語では語学面で補えない場面が多々あった。だから理解できるように辞書を引いたり、必死で現地民の真似をしてみたりした。

なぜ私は、英語を続けられたのか?

もうこれは、単純明快というか、それ以外にあり得ないだろうという、ありきたりな答えなんだけれども、

ハマったから。
ただ単純に、私の「好き」というフレームに、ピタッと「英語」というピースがはまったから実現した事なんだと思う。
はてなブログも一緒で、私のフレームにピッタリ合ったから続けられているんだと思う。

今まで散々挫折してきた、ピアノだとか紙に書き込む日記だとかは、残念ながら私の「好き」のフレームに合わなかっただけなんだ。



自分が英語学習を続けていたって事に、私は今日このエントリーを書き始めるまで気付かなかった。
それほど自分が継続している物事というものは、自分自身にピッタリと寄り添ってシンクロしているものなのかもしれない。

「自分には継続力が無い。」

と思ってる人は、自分が続けていることさえ気がついていないのかもしれないし、未だかつて自分か没頭できるものに出会えていないのかもしれない。

前者の場合は、少し立ち止まって今までの自分を冷静に振り返ってみるのもいい。
後者の場合は、出来る限り自分が気になった事は挑戦しておいた方が、「ハマれるもの」を見落とさなくて済むのではないでしょうか。

今日から始めよう、ハマれるもの探し。




ケイゾク DVDコンプリートBOX

ケイゾク DVDコンプリートBOX

*1:きっとニートでいることにも2年以内に飽きると信じている。