読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

YESかNOか半分か

元ニートが、再びニートになって何かいろいろ書いてます

YESかNOか半分か

ネガティブ思考の波が来たときの個人的な対処法

戯言 日常 考える

http://www.flickr.com/photos/86504552@N00/543079540
photo by Rob Beyer

ネガティブな自分を見せたくないという一面

ネガティブな思考をアウトプットする人とそうでない人、適度にそういうことを吐き出す人と、人それぞれに自身のネガティブな感情を消化する方法があります。

一番簡単な方法は、家族や友人、同僚に直接話して消化する方法と、ブログやTwitterSNS系で、自分にあまり関わりの無い第三者の目に留まる場所にアウトプットするという方法。

どれが良いだとか、悪いとかでは無いのだけれど、私自身はあまりそういうのを表立って曝け出すのが得意じゃない。

不得意。というか、自分がたとえニートであっても明るくポジティブに過ごしたいという自分の卑しい理想を持っているが為に、ネガティブな事で頭が一杯な時は、極力ひとりで過ごして鬱々とした気持ちをやり過ごしていた。

ニート時代に1週間近く何にも記事を更新しなかった時が何回かあったけれど、大抵が「ネガティブ思考の殻」に籠っていたからという理由。

仕事を始めてネガティブ思考になる時期が少なくなった今、漸く過去の思い出話としてアウトプットしようと思い始める。
私は頭のてっぺんから爪の先まで、これでもか!というくらいに典型的な「ええ格好しい」タイプなのです。

実家はニートにとって苦痛になり得る危険な場所

家族が比較的に意識高い系のメンバーで構成されていると、ニートの心情としてはなかなか辛いものがある。

私の場合だと、

父⇒有名企業のサラリーマン
母⇒祖母の自営の手伝いなどで1週間休む暇がほとんどない
妹⇒大学院行きたいとか言ってる勉強大好きな大学生
弟⇒校外で野球を行っているので殆ど毎日練習

そして
私⇒無色透明のニート


父「仕事はまだ見つからないのか?」

母「そろそろバイトでも見つけて働いたらどう?」

妹「大学の単位も無事取れてて、バイトまでしてるのよ☆」

弟「ボクは友達と遊ぶ間を惜しんで野球を頑張っている」

私「……一日中PCやスマホを弄び、ゴロゴロしています」

耳が痛くなるようなお言葉を両親からかけられ、精力的に活動する妹弟と自分自身との落差に落ち込んでしまう。ニートの方ならこういった経験をされた方もいらっしゃるかと思います。

自分は、ニート時代に1週間近くブログの更新をしなかった時が何回かあった。
そういう時は、大抵落ち込んでいる状態で、グッと自分の殻に籠って再びいつもの自分に戻るように、息を殺してその時をやり過ごしていた。

「if(もしも)」の仮定で救われるのか?

もし、私が実家に帰ってきておらず、独りで暮らしていた場合はどうだったのだろうか……?
他人にニートであることをとやかく言われる回数も少なかっただろうし、もしそうだった場合は落ち込む期間や回数にもなにか違いはあったのだろうか?
もしくは貯金が底を尽く前に、なんとかして必死で仕事を探そうとしただろうか……?

ニート時代に落ち込んでいた時期というのは、今はもう過ぎ去ってしまった事だから、今更「if(もし)」で定義したって意味はないのだけれども、どうしても人という生き物は「あの時こうしていれば今は…」「if(もしも)」の過程で物事を考えてしまうことが多い。

人生の中で、新たな事に挑戦することは出来るけれども、一度済んでしまった出来事を巻き戻してやり直すことなんていうのは残念ながら不可能だというのが紛れもない現実。
一度でもそういうことを吐き出してしまうと、自分を見失ってしまってどんどんどんどん憂鬱な気持ちを吐き出すことに慣れてしまいそうで、そして憂鬱な気持ちが大きく膨らんでいきそうで、私はそれが少し怖かった。

黙っておとなしくする。

一時の感情でいつもの自分と違う自分になってしまうのが嫌で嫌でたまらなくて、だからなるべく憂鬱な気持ちになった時はギュッと縮こまり、
「こんな気持ちは時間が経てば消えるものなのだから。一時の気の迷いなのだから。」と自分に言い聞かせて、どうにかやり過ごしていた。

それがニート時代に行っていた、ネガティブ思考の撃退方法。
ただ「黙ってやり過ごす」のみ。

それが正しいのか間違っているのか、不確かだけれど、私はそうやってニートだった7ヵ月を過ごしてきまた。

How SIMPLE is that? 特別な道具やお金もかかりません、本当に単純で簡単な方法です。