YESかNOか半分か

元ニートが、再びニートになったりならなかったり。

YESかNOか半分か

今を生き、発信し続けること

先日、ホリエモンこと堀江貴文氏が近大*1の卒業生達に向けて行ったスピーチ動画を見る機会があった。

「平成26年度近畿大学卒業式」 堀江貴文氏メッセージ - YouTube

この動画は今年の春先に話題になっていたけれど、先日まで私は目を通したことが無かった。

ひょんなことからこの動画のスピーチを聞くと、常々自分が考えていた事と同じことを堀江氏が言っていたので、自分の思いを改めて考える良い機会になった。

未来を恐れず、過去に執着せず、今を生きろ。

堀江氏が伝えたい事はこの一文に全て凝縮されているのだろうけれど、この文言で私が現段階で出来ているのが「今を生きる」という部分。
というか、自分は「今を生きる」ことしかできない。

特にこれといった目標や、夢が無く、自分の命が何時尽きようとも構わないと考える今の私にとって、先の未来を考えるのはダークサイドに転落しかねない危険な行為だったりする。

自分の未来を想像してみても、真っ暗なビジョンしか思い浮かばなくて、
「結婚したいとか子供欲しいとか思わないんだよなぁ……」
と、伯母にポツリと漏らすと、
「“イマドキ”だね」
とライトな返事が返って来たので、あまり身内には本気に捉えられていない気がしないでもない。

http://www.flickr.com/photos/10209031@N08/4668833794
photo by NJ..

だけど、僕は老後のことなんか考えない。老後のことは老後になってから考えましょう。いくら準備してたって、50年後のことなんて分かりっこないですよ。

「備えあれば憂い無し」という言葉があるけれど、私はどちらかと言えば備える側の人間でないことは確かだ。
必要性を感じなければ貯金もしようとしないし、人生設計なんて言葉とは程遠い人生を送っている。

前職に就いた時、「とりあえず最長5年契約だから真面目に働けば5年間は安泰だ」と思う反面、「5年間も自分は同じ仕事を続けられるのだろうか?契約満了後の5年後はどうなるのか?」と不安に思う自分が居た。

正直、5年も同じ仕事をしている自分がハナから想像できなかった。
最終的に、「先のことなんて考えてもどうなるか分からないのだから、今出来ることをしたらいい」という結論に達し、昇給試験など目先のことをなるべく考えるようにして仕事に従事していたけれど、残念ながら体調面で折り合いがつかなかった。

このブログを始めた時はニートで、今だって相も変わらず無職に戻ってしまっているけれど、2年前と今では同じ職無しでも随分と状況が変わった。
収入ゼロだった昔、雇用保険を受給しながら職業訓練に通っている今。
雇用保険は前職で微力ながらも頑張ったご褒美だ、と自分を少しでも褒める材料になってくれている。

体調と精神面を比べても、以前と今では歴然とした差がある。
学校帰りに夕食の買い物をして、家族5人分の食事を作るのも全く苦には感じないし、家事も普通に出来ている。
以前は、出来る時・出来ない時があり、その波の振れ幅も大きかった。

その大きな原因は、私があまりにも過去に執着しやすいタイプの人間だからだ。
中学生の頃から現在まで、私が重要だったと考える幾つかのターニングポイントでの選択を、今でも思い返すことがある。

今は軽く回想する程度にとどまっているものの、昔は「What if…(…したらどうなるだろう)思想」が止めどなく溢れ、考えては自分の過去を悔やみ涙するというルーティンを繰り返してきた。

でも、僕は悪いことは忘れることにしています。過去を悔やんでも、良いことは何一つないです。

確かに一般論的にも過去を悔やむという行為が自分にとってプラスになることでは無いと頭では理解していても、なかなか自分の気持ちに折り合いをつけるのは難しかった。
今回仕事を辞めてから、幾度か大きな波に攫われたことがあった。

元々あまりそういうのを周囲に察知されたくないタイプなので、一番身近にいた家族にも全く気付かれていなかったけれど、自分なりに危機感を感じて病院に駆け込んだ。
無条件に自分の話を聞いて欲しかったのと、何らかの解決策を乞いたい一心だった。

病院では一通り自分が思い悩んでいたことを全て話して、話したことでスッキリしたのもあるけれど、
「それは今まで辛かったですね」
という先生の何気ない一言が、自分の波を安定させるのには十分な効果を発揮した。

それからというもの、回想モードに突入する回数も少なくなり、精神的にも穏やかな日々が続いている。
それが壊される未来が来るかもしれないと思うと不安に感じることもあるけれど、その時はその時考えるようにと思考をシフトチェンジできるようにもなってきた。

インターネットでブログやら、ソーシャルネットワークやら、そこで毎日発信し続ければいい。非常に簡単なことです。
それをできれば毎日やってほしい。そうすることによって、世界中の様々な情報を自分で頭の中に入れて考えて自分なりの判断ができるようになると思います。

仕事を辞めてから数ヵ月間、Twitterもブログも「書くこと」が滞っていて、書きたいと思うことは沢山あったのに、それを頭で整理したり考えたりするのに満足する日々が続いていた。
けれども、堀江氏のスピーチを聞いて、Twitterやブログ上で書いてアウトプットする行為に意味がないなんてことは無いんだと思えるようになった。
他の人にとっては意味がなかろうとも、少なくとも自分にとっては有意義な行いなのだろうなと思いつつ、数年後苦笑しながらこれを読む自分を想像している。

*1:近畿大学